遠い噂で、関が原は西の勝利と聞いた。

復讐しか頭になかった夫の顔が浮かんで、一先ず安心する。
周りが見えなくて、殺されてしまうのではないかと気が気ではなかった分、この数週間肩に力が入りっぱなしだった気がする。
これで少しは見向きはしてくれるんじゃないかな、と淡い期待を抱かずにはいられない。
それでもその期待も幻想だとすぐにかき消してしまうのだけれど。

少しも振り向いてなどくれなくてもいいから、ただただ無事に、大きな怪我をすることなく帰ってきてほしい。


(……早く、顔を見たい)


ふいに、障子の先に人影が現れた。
まだ夕餉までは時間があるが誰だろう、と見つめていると、声をかけられることもなく開かれた。

障子が動き出した瞬間は自分の命を狙った者かと身構えたが、向こう側の人物の顔を見て疑問へと変わった。


「三成、様?」


軍が今日帰ってくるとは耳に入っていない。
伝達がうまくいかなかったのかとも考えたけれど、その割に城内も静かだ。
それに甲冑も着たままやってくるなど、何事だろう。

正直、お世辞にも仲睦まじい関係とは言えない。
夫婦の関係にはなったが、それも彼の敬愛する半兵衛様に”いいんじゃないかな”と、たった一言言われただけにすぎない。
その事実だって本人に聞いたし、夜の方もあっさりと事務的に済まされるだけだ。
だから戦の後、真っ直ぐにこの部屋にやってくるわけがないのだ。


「如何、なさいましたか、三成様」


ふらふらと何も言わずに部屋の中へと足を進める夫に恐怖さえ覚える。
やっとの思いで声をかけるも、返答はない。

ゆっくりとこちらへと向かっていた足が止まった。
そこで初めて、逆光でよく見えていなかった三成の顔を見てハッとした。

泣きそうで、どうしていいかわからないような表情をしていた。
例えるならば、泣く寸前の赤子のような。


「三成さ」
……」


第一声は自分の名前だった。
そのことがどこか嬉しくて、恐怖など忘れてしまった。
むしろ幼子を見ているようで、立ち上がって背中へと腕を回してポンポンと叩いてやった。


「三成様、はここにいます」
「私は、私は家康を殺した……秀吉様の敵の家康を……そのために生きてきた……秀吉様の、いないこの世で……っ!」
「…………」
「私はどうしたらいい……? 何をしたらいい……?秀吉様も、半兵衛様も……家康も、いない……誰もいない……」


この人は絶望の中で、仇討ちをするために生きてきたんだ。
だから、その後は……。


「三成様、めがずっとお側にいます。大谷様も左近様もいらっしゃいます。三成様はお一人ではございません。三成様をお慕いしている方々はたくさんいらっしゃいますので、どうか何もないなど仰らないでください」
、お前は……なぜ……」
は貴方様のお側にいること務めです。天下統一は終わりじゃなく始まりです。良い天下をつくってください」
「あぁ……。、お前は、裏切るな……」
「決して裏切りませぬ。いつまでもお側にいさせてください」


どこか落ち着いた様子で肩に頭を擦り寄せてする彼が凶王などと呼ばれることが信じられなくなりそうだ。
少しだけ、このお姿を大谷様に見ていただきたい。

でも独り占めしていたい。





誰もいないなんて、言わないで。






(……なぜだか、ここに来れば安心する気がした)

(いつでもいらしてください)



←back


***
4での三成がかわいすぎる。


140409